ComeJisyo Project

栄養学の考え方を変えさせた実験


The Journal of Nutrition Vol. 127 No. 5 May 1997, pp. 1017S-1053S
Copyright ©1997 by the American Society for Nutritional Sciences
Experiments That Changed Nutritional Thinking
Kenneth J. Carpenter, Alfred E. Harper, and Robert E. Olson
Department of Nutritional Sciences, University of California, Berkeley, CA; University of Wisconsin, Madison, WI; and University of South Florida, Tampa, FL

2: タンパク質は筋運動の全エネルギー源ではあり得ない
筋収縮に必要なエネルギーは、筋自身の物質、すなわちタンパク質の分解によるものであることが、1865年まで20年にわたり”教科書”的な見解となっていた。このことは影響力があった有機化学者リービッヒ(Justus Liebig)の”動物化学”に明言されていた。233ページに、タンパク質はエネルギーの放出に伴って分解され、窒素の部分は尿素となって腎臓によって排泄されるので、仕事の全量(すなわち、心筋のように内部的のものと、外部にたいするものの合計)は、尿中に排泄される窒素量に比例する (Liebig 1840)。

毎日同じ給食を受けていた囚人が、トレッドミルで働いていたときも休んでいたときも、24時間に尿に排泄する窒素量は同じであったことから、リービッヒの第二の点は本質的に否定された (Smith 1862)。しかし、タンパク質が筋運動のすべての燃料であった (訳注:第一の点) としても、休んでいるときには別のメカニズムによって多量のタンパク質が分解されることも可能であった。たしかに、窒素の摂取は排出の主な決定要素であった。

スイスの生理学者フィック (Adolf Fick) は、決定的な実験をする最良の条件は、タンパク質を含まない食事をとってかなりの量の測定できる仕事をすることである、と考えた。もしもタンパク質が尿素と二酸化炭素に酸化されるときの熱エネルギーが既知であり、機械的な仕事と熱エネルギーの関係が得られたなら、体タンパク質の代謝される量が仕事をするのに充分かどうか決定することが出来る。

幸福なことにフィックの義理兄弟である化学者フランクランド (Edward Frankland) は、有機化合物が酸化したときの熱を測定する方法をイギリスで開発していた。高圧の "ボンベ" 熱量計はまだ開発されていなかったが、彼は塩素酸カリと二酸化マンガンと試料を混ぜて、断熱した水タンクの中に入れた "潜水ベル" 内で燃やすことができた。水槽の水温を上昇させるようにコントロール条件を適当にする実験を繰り返して、彼は一連の食品および尿素について素晴らしい結果を得ることができた (Frankland 1866).

もっとも直接に関係する結果を表 1に示す。彼はタンパク質が代謝されると三分の一の重さの尿素が得られるとみなし、体内でタンパク質が代謝されたときに遊離されるエネルギーを計算するにあたって、この量の尿素の残余エネルギーを減じた。

表 1. タンパク質と尿素のエネルギー値についてのフランクランドの結果1

100°Cで乾燥させた物質名
(kcal)

(Kg-m)

下記の個々の物質が燃えたとき遊離されるエネルギー:
酸素の中で燃えたとき
 エーテルで純化した牛肉5.102161
 純化したアルブメン5.002117
 尿素2.21934
体内で利用されたとき
 エーテルで純化した牛肉4.371848
 純化したアルブメン4.261803

1 From Frankland (1866).
この頃までに熱の仕事当量について、1 kgを423 m持ち上げるのに必要なエネルギーは約1キロカロリーであることが確定されていた (Joule 1843).

今や人で実験することが必要となった。フィックと大学の協同研究者ウィスリツェーヌス (Johannes Wislicenus)は、ある山 (訳注:ファウルホルン山) の麓近くのホテルに一晩を過ごした。翌朝5時に彼らは採尿装置を持って出発し、13時20分に頂上のホテルに到達した。冷たい霧の中を登頂したので、発汗による消失は無いと信じた。前日の正午から登山の日の19時まで彼らの食事は脂肪で揚げたデンプンペーストであった。彼らはまた非常に甘くした茶とある程度のビールと葡萄酒を摂った。

彼らの尿窒素排泄の結果およびその後の計算を若干の丸めを行って表 2に示す。呼吸にともなう内的な仕事は考慮せず、筋の能率は100%とみなしても、タンパク質の代謝量は登山に必要なエネルギーに不十分であった。一人にとっては51%であり、もう一人には43%であった。

表 2. 登山実験の結果

フィックウィスリツェーヌス

体重 (+荷物), kg6676
尿窒素 (0500-1900 h),1 g5.745.55
代謝されたタンパク質 (N × 6.25), g35.934.7
タンパク質のカロリー当量 (at 4.37 kcal/g)2 kcal66,40064,100
仕事当量 (at 423 kg-m/kcal), kg-m2.21934
重力に逆らって1956 m 登るに必要な仕事量, kg-m129,000149,000

1 Fick and Wislicenus (1866).4.371848
2 Frankland (1866).4.261803
登山者たちは”タンパク質の燃焼だけが筋力の唯一のエネルギー源ではあり得ない”と結論した (Fick and Wislicenus 1866)。そして、フランクランドはこれらやその他の結果を展望して、論文の684ページに次のように書いた (Frankland 1866)。”身体のすべての他の部分と同じように、筋は絶えず新しくなっている;しかしこの更新は激しい筋運動のときでも休止しているときに比べて有意義に速いことはない。組織が必要とする更新のために食事中に充分量のアルブミン化物質[タンパク質]を加えた後では、内的および外的な仕事に使うエネルギー生産に最上なのは、非窒素物質である....”、と。

これらの結論はすぐには受け入れられなかったが、さらに長期にわたる試みがなされ、その結果により確認された。しかしリービッヒ自身は自分が誤っていたということを多くの言葉で認めることはしなかった。
文献
Carpenter, K. J. (1994) Protein and Energy: A Study of Changing Ideas in Nutrition. Cambridge University Press, New York, NY.
Fick, A. & Wislicenus, J. (1866) On the origin of muscular power. Phil. Mag. Lond. (4th ser.) 31: 485-503.
Frankland E. On the source of muscular power. R. Institution Proc. 1866; 4:661-685
Joule, J. P. (1843) On the calorific effects of magneto-electricity and on the mechanical value of heat. Phil. Mag. Lond. (3rd ser.) 23: 435-443.
Liebig, J. (1840) Animal Chemistry or Organic Chemistry in its Application to Physiology and Pathology (W. Gregory, trans.). Owen, Cambridge, MA. (Reprinted 1964 in facsimile by Johnson Reprint Corp., New York, NY.)
Smith E. On the elimination of urea and urinary water. Phil. Trans. R. Soc. Lond. 1862; 151:747-834

(訳者 水上茂樹)