ComeJisyo Project

ヘンリー E. シゲリスト(Henry E. Sigerist)著


文明と病気
Civilization and Disease(1943)

解説
 本書はHenry E. Sigerist (1891-1957)が1940年11月-12月にCornell大学で6回にわたって行った特別講義(メッセンジャー博士記念)の記録に基づくCivilization and Disease、Cornell University Press(1943)を飜訳したものである。言う必要は無いと思うが1940年代前半は第二次世界大戦が最も熾烈な時期であり、エピローグにおいてシゲリストはこの戦争が革命的な戦争であることを強調している。1930年代から40年代にかけて彼はまたアメリカ全国民のための医療保険創設に努力したが成功しなかった。
 従って約10年前に刊行された「偉大な医師たち」とは違うシゲリストの面をこの「文明と病気」では見ることができる。前者は医学史を通して医学の理論や哲学を論じているのにたいし、後者すなわち本書では医学史を通して患者と医師の関係や社会を論じている。前者は医師の立場で書いているが後者では全民衆の立場に立っている。シゲリストの歴史観を良く示している文章として、この本の第9章の始めを引用しよう。「....歴史家は自分の経験を伝達する。そしてこの経験は人々を行動に駆り立てることもあろう。歴史家の仕事によって、気付かれていなかった進歩や傾向が新しい意義を得る。人々はこのことに気がつき、彼らの行動の進路が決定されるであろう。....」。この書が医学史書として高く評価されていることは川喜田愛郎著「近代医学の史的基盤」からの次の引用で示すことができる。「この書物は一般向きの読物の形をとってはいるが、この学殖深く視野の広い医学史学者がそこに揃えている話題は、他に求めにくいものも多く、正確なレファレンスも挙げられていて、学問的な用意にも欠けていない。」なお、レファレンスはファイルには加えなかった。原著または岩波新書をご利用ください。
 この本は岩波新書(1973)に松本元訳が既に刊行されている。非常に良心的な訳であるが、私自身の勉強のためもあって別に訳してみた。若干の意見の相違は別として松本訳に負うところが非常に多い。私は主文章をなるべく前に置いて副文章や長い修飾句は後に置くか、時には別のセンテンスにするのを好んでいる。なお10章「病気と音楽」のラテン語聖歌やイタリア方言による民謡などは松本訳をそのまま利用させて頂いた。松本訳の入手が現在では必ずしも容易でないので拙訳が何かのお役に立つことを希望している。私自身の英語勉強のために原文と訳文を対照できるような対訳形式のファイルを作成した。誤訳が無いように注意を払ったが、かなりの誤りもあると思う。原文と比較して誤りを指摘して下さることを希望している。 (訳者)